詩と生活のzine『ゆめみるけんり』

社会の中でどうやって、文学あるいは詩を、つまりは私たちであるところの私たちを、擁護し続けていくのか? (マニフェスト的な文章より)
2017年創刊。各号でテーマを決め、海外詩の翻訳やオリジナル作品を編んでいます。

入手方法はこちら→「入手方法
取扱書店さんで通販も利用できます。また、Kindle版もあります。

〈既刊〉
vol.1 (2017.2):特集「冬/雪」(¥800)
vol.2 (2017.12):特集「わたしと、はたらくこと」(¥1,000)
vol.3 (2018.11):特集「睡眠主義」(¥1,200)

↓この記事の後ろから、最新情報が更新されます。↓

2019年9月6日金曜日

コンテンツ(vol.4)

『ゆめみるけんり』vol.4:目次

◆特集:手紙
- ヴィジュアルページ:髙野由美、國米陸、Kamila Lin、杉浦朋美、佐々木樹、藤倉麻子
- アリー・シャリーアティー/村山木乃実「妻への手紙」
- 佐取優太「深淵より(若い哲学者への手紙)」
- よるか「モノローグ」
- ジャコモ・レオパルディ/藤澤大智「無限のあとで:レオパルディの詩と手紙」
- くだしあ「フィット」
- 國米陸「あな」
- アルノルト・シェーンベルク/石井優貴「シェーンベルクの書簡から」
- ふじたみさと「詩は不在からの合図」、「眠りについて」
- プロホロワ・マリア/Прохорова Мария 「2通の手紙」
- 砂漠で生きる「仔ヌーを逃がす」
- 山口勲「訓戒」
- アスガル・ゴーンダヴィー/倉畑雄太「抒情詩」
- マリーナ・ツヴェターエワ+ボリス・パステルナーク/工藤順「あなたってなんて私なんだろう!:パステルナークとツヴェターエワの手紙より」

◆書店コラム:忘日舎

◆連載
- フェルナンド・ペソア/ふじたみさと「アナーキスト・バンカー」(2)
- ニコライ・フョードロフ/工藤順「著作者の義務と、博物館・図書館の権利」(2)

###

Table of Contents for “yumemirukenri 04”

◆Issue: Letters
- contributors to visual pages: Yumi Takano, Liku Kokumai, Kamila Lin, Tomomi Sugiura, Miki Sasaki, Asako Fujikura
- Ali Shariati (علی شریعتی) / Konomi Murayama “A Letter to Pūrān”
- Iutus Sator (Yuta Satori) “De Profundis (Epistula ad Iuvenem Philosophum)”
- Yoruka “A Monologue”
- Giacomo Leopardi / Daichi Fujisawa “After Infinity: A Poem and Letters by G. Leopardi”
- Kudashia “Fit”
- Liku Kokumai “Hole”
- Arnold Schönberg / Yuki Ishii “Selected Letters of A. Schönberg”
- Misato Fujita “Poetry Is a Signal from the Not-Being” / “On Sleeping”
- Прохорова Мария (Prokhorova Maria) “Письма (Letters)”
- sabaku de ikiru “Let the Baby Gnu Run”
- Isao Yamaguchi “Instructions”
- Aṣghar Gonḍavī (اصغر گونڈوی) / Yuta Kurahata “A Lyric”
- Марина Цветаева и Борис Пастернак (Marina Tsvetaeva and Boris Pasternak) / Nao Kudo “How “I” you are!: Letters between Tsvetaeva and Pasternak”

◆Book Shop Column: Vojitsusha

◆Serials
- Fernando Pessoa “O Banqueiro Anarquista -2-”
- Nikolay Fyodorov / Nao Kudo “Author’s Duty and the rights of museums and libraries -2-”

メンバーズ(vol.4)

『ゆめみるけんり』vol.4メンバーの紹介です。
「作品解題、または“手紙”にまつわる記憶」と、“手紙”から連想する作品を一つ挙げてもらいました。

◆石井優貴(いしいゆうき)
死んだ人間の手紙や日記を読む機会が多いのですが、その都度、大学でお世話になったある先生が仰っていた「人間は自分にとって本当に大事なことを書き残さない」という言葉を思い出します。我が身を振り返っても、きっとそうなのだろうという気がします。シェーンベルクも一番大事なことを文章にしない人間だったようです。
 *アントン・チェーホフ『ワーニカ』

◆くだしあ
#2000年生まれ、大学生。
父の書斎に、一年前に逝去した大親友・Mさんからの手紙が飾ってあります。今でも父の背中を押し続ける、亡き人からの言葉。この様子を見て、第三者のわたしはポジティブな呪いを感じました。手紙は、残るものです。一度外在化させて他者に届いた言葉は、たとえ当人が死んでもステイし続けます。まるで、実体はなくても他者を変容させてしまう、呪いのように。
 *ソフィ・カル「極限性激痛」

◆工藤順(くどうなお) 
#労働者。プラトーノフ『不死』翻訳。blog:http://pokayanie.blogspot.jp
つねに誰かに語りかけるやり方で、わたしは文章を書きたいと長いこと思ってきました。そうであれば、わたしはつねに“手紙”を書きたかったのかもしれません。SNSのreply (отклик?)に対して、わたしは─responsibilityに開かれたものとしての─responce (ответ)を好みます。たとえどちらも期待できなくとも、ひとでありつづけるために、わたしは手紙を書きつづけたい。
 *『新約聖書』

◆倉畑雄太(くらはたゆうた)
久しぶりに詩を訳した。分からないところは友人から聞いた。別の友人がこの詩を見て絵を描いてくれた。手紙をやり取りするような不思議な感覚があった。
 *フランツ・カフカ『ミレナへの手紙』

◆國米陸(こくまいりく)
#instagram 絵@neconoami きのこ@kinoconoami
『あな』は、別の宇宙の別の星のすごく昔のあるひとに送った、送られた手紙だと後で気づいた。倉畑さんに何か書けばと言われ、次の日の朝、羽根木公園のベンチで書いた。ぼうっとした。
ギャビが英語に翻訳してくれた。ギャビはリトアニアの港町から来た。
去年の10月から絵は描き始まった。
 *アーノルド・ローベル 『ふたりはともだち』

◆佐々木樹(ささきみき)
#詩人/美術家。U.N.I.T. 主催。1992年 宮城県仙台市生まれ、2015年 法政大学社会学部 卒業、2017年 日本大学大学院芸術学研究科 修了 HP:http://kuri-to-unit.info
手紙の持つ力である初めて触れた時の鮮烈さと繰り返し読み直していくことで分化し続ける想像の小道の生成、綯い交ぜになったそれらを整理するための“ことば”ではないもうひとつの言語の方法論として物質詩は存在しているのかもしれない。
 *福永武彦『草の花』

◆佐取優太(さとりゆうた)
#1995年生,早大文学部卒。Note:https://note.mu/iutus_sator
キリスト教について自分の考えていること(というか,直観していること)を書いたつもりです。真新しいことは何もありませんが,ともあれ,21世紀にlingua latinaの「新文献」を編み出せたことに満足しています。
 *ペトルス・アベラルドゥス『厄災の記』

◆砂漠で生きる(さばくでいきる)
#Twitter:@mstkaqrg
青い空、白い砂浜、揺れるヤシの木。
「最高のヴァカンス」と書かれている絵葉書が遠くから届いてほしいです。
 *「やぎさんゆうびん」(童謡)

◆杉浦朋美(すぎうらともみ)
#1991年生まれ
フリオ・コルタサルの短編「パリにいる若い女性に宛てた手紙」をモチーフに制作しました。
昔の恋人からもらった手紙やもう会うことのない亡くなった人からの手紙は、書き手の分身のようでもあり、ある種の生々しさを宿しているように感じます。その生々しさと対照的な子ウサギをあえて可愛らしく紡ぎました。
 *ガブリエル・ガルシア=マルケス『コレラの時代の愛』

◆髙野由美(たかのゆみ)
#HP:https://yoooo0oumi.wordpress.com
「You leave someday」という絵は、「いつかいなくなってしまう」けれど、出逢う素晴らしさを想ったものです。
絵の上で、景色や人の姿が出てきた時、前から求めていた風景と出逢ったような感動があります。そして観る人にもそれが起こるかもしれないという、共鳴について考えています。
 *池田晶子・陸田真志『死と生きる:獄中哲学対話』

◆谷口新之介
#instagram:shinnosuke_0717
僕にはあの詩の意味がさっぱり判らず、なのにさっぱり判る気がして無邪気に何かを描きました。もしかしたらアスガルさんは、叙情の合間の隙間の隅に、あんな紋様を描いたかもしれません。描かなかったかも。どちらにせよ、僕はあんな紋様を描きました。そして嬉しいことに、僕にはあの紋様の意味がさっぱり判らないのです。
 *ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『九年目の魔法』

◆tsugumi
#1992年広島生まれ。武蔵野美術大学映像学科卒業。現在は広島市内でフリーランスとしてゆったりと活動しています。
うさぎのぬいぐるみフェリックスが世界旅行をし、持ち主のソフィへ各国から外国だよりを送ります。その手紙が封筒ごとそのままページに貼ってある可愛らしい仕掛け絵本です。小さい頃、まるで自分に手紙が届いたみたいで嬉しくて何度も読み返しました。遠く離れていても、時間と距離を経て大切に運ばれてくる愛。手紙は大掛かりなものではないが故に、送る人と受け取る人の双方だけにわかる内緒の感動(ロマンス)が詰まっているんだなぁと思える愛くるしい一冊です。
 *ランゲン/ドロープ『フェリックスの手紙』

◆藤澤大智(ふじさわだいち)
手紙を投函すると、到着までの長い時間を思い、嫌気が差す。が、じつは時間こそが手紙の核心であって、その待ち時間は、到着を味わうための作法となる。性急な人間は手紙に向かない。手紙愛好家は、聖遺物を扱うように手紙を封入し、何世紀も保管する義務を負うように封蝋し、自らの手で投函する。(マンリオ・ズガランブロ)
 *井上靖『猟銃』

◆ふじたみさと
小学生のころ、毎日のように手紙を交換しては、いろんな友達の字を真似していました。結果、いまだに字体が安定しません。
 *吉田加南子さんの文章すべて

◆プロホロワ・マリア
#ロシア出身。現在、東京外国語大学の大学院生。FB:mariya.prokhorova.1
何年か前に徳島県の心の手紙館というところに行って、未来の自分宛に手紙を出しました。今読み返すと、そのときに悩んでいた問題は今も全く解決できていないことに苦笑してしまいます。でも、やはり書いてみて良かったです。何があっても一生一緒にいてくれる相手には、たまに手紙くらい出すのは最低限の礼儀ではないでしょうか。
 *村田沙耶香『コンビニエンスストア様』

◆村山木乃実(むらやまこのみ)
#東京外国語大学博士課程(DC2)twitter:@miveyederakht
大学生のころ、実家にいる祖母と文通していた記憶ですかね…
 *アイヌルクザート・ハマダーニーの書簡集

◆山口勲
#1983年生。てわたしブックスを主催し詩の雑誌『て、わた し』を刊行。詩の朗読会 千葉詩亭・くにたちコミュニティ共催。HP:http://tewatashibooks.com/
2010年から2015年にかけて、「なくしたものにお手紙をおくろう」というワークショップをやっていた。
なくしたものにお手紙をおくり、他の人がなくしたものになったつもりでお返事を書くというワークショップ。
私の周りがいそがしくなり、ワークショップができなくなった結果、家にはたくさんのお手紙が置いてある。
この手紙の一つ一つにお返事を書いてもらえる人を探す機会を作ることが求められているのだけど
 *アーノルド・ローベル 『ふたりはともだち』

◆よるか
#blog:http://yoruka282232356.wordpress.com
ダンボール一箱に収まり切らないぐらい手紙を書き、手紙をもらった。そして処分もしてきた。メールはゴミ箱に入れてもそこまで心が痛まないのに、手紙をシュレッダーにかけた時は心が痛んだ。不思議なものである。そこにはなんの違いがあるんだろう。手紙も電子メールもLINEやWhat’s Appも誰かからの言葉には変わりないのに。心痛む記憶が手紙にはある。
 *「魔女の宅急便」(アニメ)

◆Kamila Lin(かみらりん)
#FB:Kamila Lin Illustration
Привет, меня зовут Камила, рисую иллюстрации для себя, а работаю оформителем витрин в городе Санкт-Петербурге. (хотя это все пустые факты, и они меня никак не выражают..)[こんにちは、カミラです。イラストは自分のために描いています。サンクト・ペテルブルグという街でショーウィンドウをつくる仕事をしています。(これはぜんぶつまらない事実でしかないけれど、どうしてもこんなふうにしか書けないので……)]
 *フィンセント・ファン・ゴッホ「弟テオへの手紙」

2019年8月23日金曜日

「ゆめみるけんり」vol.4

表紙デザイン:tsugumi
Cover designed by tsugumi

今秋も、詩と生活のzine『ゆめみるけんり』の新刊を刊行します。vol.4は「手紙」特集です。

vol.4は、今まで以上にヴァラエティに富んだ中身になります。翻訳としては、イタリアやイラン、オーストリア、ロシアから手紙が届いています。もちろん日本語でのオリジナル作品や驚異のラテン語創作もあり、また刺繍作品や絵画、イラストなど、ヴィジュアル面でもかなり充実しています。いずれも『ゆめみるけんり』でしか読めない作品ばかり。ご期待ください。

新しい試みとして、メールニュースを始めます(気まぐれ・不定期配信)。vol.4の発売もいち早くお知らせします。ご希望の方は以下のフォームより、メールアドレスの登録をお願いします。(なお、Facebookのページ(https://www.facebook.com/yumemirukenri/)でも随時お知らせします。)元気が出るので、応援してくださっている方、ぜひ。

「ゆめみるけんり」vol.4(2019年秋発売)
特集「手紙」

コンテンツ:【更新】vol.4の目次です。
メンバーズ:【更新】vol.4に参加する人たちの紹介。

New issue (vol.4) of our zine "yumemirukenri" will be out in autumn this year.
We will let you know by e-mail or on our FB page (https://www.facebook.com/yumemirukenri/), when the zine is out. To register for e-mail news, send your e-mail address from the form below.




フォームやメールニュース、vol.4についてなど、お問い合わせはdroit.de.yumemir*gmail.com(*を@に変えてください)まで。
Contact: droit.de.yumemir*gmail.com



〈vol.4によせて〉

詩の多くが、おそらく、誰かに宛てて書かれてきました。その反面、詩にとって本質的だったのはむしろ、その宛先に詩が届かないということであったように思います。すくなくとも現在の私たちが、「◯◯へ」宛てられた詩を読んで(しまって)いるということ自体、そのことをよく表してはいないでしょうか。
 詩は、届かず、遅配され、誤配され、窃み読まれることを運命づけられた手紙です。“原稿は燃えないものだ”――作者の死に際して燃やされるはずだったあるチェコの作家の原稿は、遺言を守らなかった悪友の手によって世に出され、そしていまの今まで私たちは(この日本という世界の涯てでさえ!)その原稿を読んで(しまって)いるのでした。
 (しまって)――つまりうっかり、時ならず、何の権利もなく。しかしながら、詩の本来的な力もまた、ここに宿るとわたしには思われます。つまり、詩が作者の想定をこえて誤配されてゆくこと。〈詩人の世紀〉であった20世紀の詩人たちは、あるいはこの一点に賭けながら、収容所の中で、寒さと飢餓の中で、絶望の中で、紙とペンを手放そうとしなかったとも言えないでしょうか。ロシアの詩人ツヴェターエワはこんな印象的なフレーズをつづっています:「あなたへ――100年の時をこえて」。彼女にとって詩とは、100年先の私たちに宛てた手紙だったのかもしれません。
 いま私たちが誰かに――誰か“あなた”に――手紙を送るとしたら、どんな手紙を、どんなやり方で語ることになるのでしょうか。いま、ここでしかあり得ないことばが、いつか100年の時をこえて誰かに届くことがあるのでしょうか。翻訳者とは、手紙の窃視者です――しかし、翻訳者を起点に、ふたたびことばが、100年先の見ず識らずの宛名人へと解きはなたれるとするならば。そのときには、翻訳もまた一つの手紙であると言えるのかもしれません。それは――現在・未来に向かうのみならず、過去へと向けられた愛の手紙(ラヴレター)であるはずです。
 メールが即座に、SNSでの投稿が全世界に(しかし、誰に宛てて?)届いてしまう今、手紙は、回りくどく、あまりに遅く、アナクロニズムでさえあるのかもしれません。しかしその速度でしか、誰かに宛てて書かれるやり方でしか、伝わらないものがあると信じ、この特集をつくってみることにしました。
 あなたへ――小さな、ここでしかない私より。いまは宛先不明で戻ってくるとしても。

#

Many of poems might have been written in a manner of addressing to someone. On the other hand, I suppose it is even essential for the poems not to be delivered rightly to the addressee. It is proven clearly by the fact that we are now reading (by accident) the poems which is addressed to *** (someone).

The poems are letters - which are destined not to be delivered to the right addressee, to be delivered not on time, to be delivered mistakenly, to be read by someone who does not have right to do so. “Manuscripts don't burn” - when I read this line in a Russian writer's novel, I remember a Czech writer, whose manuscripts were destined to burn by the will of the writer, however, they were made public by an insincere friend of his, and since then, up to now, we are reading the writer's works (even in this rim of world, Japan!) happeningly (by accident).

(By accident) - i.e. happeningly, not on time, without any right to do so. However, I think from here the inherent potential of the poetry emerges. In other words, the delivery not to the right addresser, the delivery beyond the expectation of the author. Maybe for that potential of poetry, the poets of 20th century - “the century of poets” - haven't given up their papers and pens even in concentration camps, in hopelessness, suffering from moroz and hunger. Russian poet Marina Tsvetaeva once wrote an impressive phrase: “To you - over a hundred years.” For her, the poetry might have been letters addressed to us, who live a hundred years after her.

By what letters, in what manners will we begin to exchange conversations with someone - some “you” - if we are to send letters now? The words that are possible only here and now - can they reach someone sometime, over a hundred years? Translators are peepers of letters. However, if the translators are to set the words free and send them again to someone unknown, over a hundred years, then, translation, too, can be called an act of sending letters. It must be a love letter not only to the time present and the time future but also to the time past.

In this era of e-mails and SNS, which have made possible to send instantly the messages that are addressed to the whole world (but to whom, to what “you”?), letters are too slow, too roundabout, even too anachronic a way of communication. I decided to dedicate this issue of “yumemirukenri” to letters, however, because I believe there is something we cannot exchange without the slowness of letters, without the way addressing to someone.

To you - from me, who is so tiny and is bound to here, letters are sent, no matter if they will be returned, marked “Address Unknown.”

(工藤順/Nao Kudo)

2019年7月7日日曜日

【イベント】7/19ペソア+ボサノヴァイベント@平井の本棚

『ゆめみるけんり』ではvol.1から、ポルトガル詩人フェルナンド・ペソアの作品「船乗り」と「アナーキスト・バンカー」をふじたみさとさんの翻訳で掲載しています。

この度、総武線・平井駅ちかくの本屋さん「平井の本棚」にて、ふじたさんによるペソア作品の朗読と、助川太郎さんによるボサノヴァの演奏を「サウダーデ/サウダージ」(郷愁)というテーマでゆるく結びあわせたイベントを開催します。

ポルトガルワインやパシュテル・ド・ナタ(エッグタルト)を片手に、わいわい話せるスナック形式のイベントです。初夏のひと時を、朗読とボサノヴァの響きとともに…。ぜひお気軽にご参加ください!


スナック「越境」ペソア×ボサノバギター
接合点:サウダーデ/サウダージ(郷愁)

ポルトガルとブラジル、国は違えど共通するのは憂いや失くしたものへの郷愁、心を掻き立てるような心象ではないかという仮説をスナックで検証。
リスボン市の地図や風景、ペソアの詩の朗読、ボサノバギターの演奏がクロスオーバーする中で、音楽や詩の内にあるサウダーデ/サウダージを感じとれたら……

◆イベント概要◆
日時:7月19日(金)19時半~ 
場所:「平井の本棚」2階
(総武線平井駅北口から徒歩1分→アクセス
参加費:3,000円(ポルトガルワインorエッグタルト付き)

◆ご予約◆
hirai.shelf*gmail.comにメール(*を@に変えてください)
Facebookページ(https://www.facebook.com/events/717238152079467/)、Peatixページにてご予約ください。
【7/17追記:予約先メールアドレスに誤りがありました。お手数をおかけしますが、こちらのページから予約された方は、上記の正しいアドレス宛に再度ご連絡いただければ幸いです。】

◆プロフィール◆
助川太郎(SUKEGAWA Taro)
米バークリー音楽大学ギター科卒業。クラシックギターを尾尻雅弘氏に師事。2003年ボサノヴァユニット「メヲコラソン」でメジャーデビュー。ブラジル音楽を中心に南米フォルクローレジャズ、クラシックなど、様々な要素を取り入れたギター独奏コンサートを日本全国で展開している。
http://www.tarosukegawa.jp


ふじたみさと(FUJITA Misato)
広島育ち。「平井の本棚」の日曜店番。
『ゆめみるけんり』ではF・ペソアの作品を英語から翻訳。きっと平井に合うペソアの脱力感が伝わればと思います。

平井の本棚
総武線・平井駅にある本屋さん。2018年オープン。https://hirai-shelf.tokyo/


***
yumemirukenri holds an evening with reading of poems of Fernando Pessoa by FUJITA Misato (yumemirukenri) and Bossa Nova guitar performance by SUKEGAWA Taro.

Date: 19 July (Fri) 730PM-
Venue: Book Shop "Hirai no Hondana," 2nd Floor
(A minute walk from JR Hirai sta.)
Fee: ¥3,000 (incl. one glass of Portuguese wine or a pastel de nata (Portuguese egg tart))

For reservation, please contact via
- e-mail (hirai.shelf*gmail.com) (change * to @)
- Peatix (address shown later)

2019年7月3日水曜日

重力/Note公演「Love Junkies」に翻訳で参加

重力/Noteの公演「Love Junkies」に工藤 順(ゆめみるけんり)が翻訳で参加しています。

原作は、アルフォンソ・リンギス(Alphonso Lingis)の『信頼』(Trust)の中の掌篇「Love Junkies」です。

仙台・北九州・盛岡をめぐる公演。ぜひお立ち寄りください。
劇場限定パンフレットも販売中です(80部限定版¥500、簡易版¥400)。


パンフレット(限定版)より序(工藤 順)

このテクストは、アメリカの旅する哲学者、アルフォンソ・リンギスが書いたテクスト「Love Junkies(ラヴ・ジャンキーズ)」を、重力/Noteの公演のために訳し下ろしたものです。基にしたテクストは、リンギスの“Trust” (U. of Minn. Pr., 2004)に所収の版ですが、Performance Research誌(9(4), 2004)に所収のテクストも参照しています。既訳には『信頼』(岩本正恵訳、青土社、2006)所収のものがあります。 
テクストを一読したときに感じたのは、異様な“若さ”でした。リンギスは1933年生まれですから、このテクストを執筆したのは彼が73歳(!)のとき、ということになります。「年相応」などという言葉を吹き飛ばしてしまうような、鮮烈なテクスト。翻訳もその若さに追いつくべく、何度も音読しながら、改訂を重ねました。また、公演を前提とした翻訳でしたので、演出家や俳優からフィードバックをもらいながら、「1度で意味が伝わるか」ということを意識して公演まで何度も改訂を重ねたのも、また得がたい経験でした。 
雑誌に掲載された版は、テクストのなまなましさの点で、単行本版にまさります。今回はたまたま雑誌版から先に翻訳し、のちに単行本版と突きあわせて翻訳を行いました。単行本版のテクストにあわせていく作業のなかで泣く泣く切り捨てた、輝くようなテクストもありました。 
「LGBT」や「ホモセクシュアル」という言葉をいちど脇において、ひとがただひたすらに「ひと」でしかないような、無条件で絶対的な愛の経験に身をゆだねてほしいと思います。




◆ Information ◆
世界中を旅したり異国に住んで思索することで知られる哲学者アルフォンソ・リンギス
彼が出会ったセクシャルマイノリティの犯罪者カップルを描いたテクスト『LOVE JUNKIES』を演劇化します

〈愛〉と〈信頼〉

いかなる苦難の状況においても、人間が求めないではいられない精神の身振り

その根底に流れる情動を、地球規模で繰り広げられる生命の営みと繋がりを持つものとして考察したテクストをもとに、いまの私たちの生存感覚と向き合う〈場〉をひらく演劇として皆さんにお届けします

また遠距離間での共同作業の可能性を模索する〈リモート稽古〉や、上演予定各地で稽古やリサーチを重ねて移動性と場所性を活用する〈旅する稽古場〉といった創作プロセスの試みにもご注目ください



『LOVE JUNKIES』

原作:アルフォンソ・リンギス(『信頼』より)
翻訳:工藤 順

演出・舞台美術:鹿島 将介

出演:小濱 昭博



公演日程
[仙台公演]6月16日(日)〜23日(日)@せんだい演劇工房10-BOX box-1
[北九州公演]7月5日(金)〜7日(日)@枝光本町商店街アイアンシアター
[盛岡公演]7月16日(火)〜17日(水)@いわてアートサポートセンター 風のスタジオ

詳細は重力/Noteウェブサイト、SNSにて
twitter: @Note1069

2019年6月9日日曜日

【イベント】Language Beyond(スペシャル回)

あなたの公-差-転(西荻窪)で2ヶ月に1度開催してきたブッククラブLanguage Beyondが、1周年を迎えます。そこで、6月にスペシャル回として、ふだんと違う試みをしてみます。

初めての方も大歓迎です!




6月30日(日)16:30-18:30
場所:あなたの公-差-転→Access
参加費:無料
持ち物:テーマ【変わる?/Change(s)?】から思いつく本を1冊お持ちください。文学(フィクション)がベストですが、何でも大丈夫です。



このブッククラブでは、①文学(フィクション)を読むこと、②参加者の持ち回りで本を選ぶこと、③文章を読んで感じた一人ひとりの感覚を大切にすること、④多様な意見を認めあうこと…などを大切にしています。

今回は、参加されるみなさん全員で、本を1冊ずつ選んで持ち寄ります。一つだけ、本のテーマを決めます。テーマは→【変わる?/Change(s)?】です。

〈変わる〉という感覚。〈変わらない〉という感覚。わたしたちは、今の自分の身体や感覚というあいまいな立脚点に立ちながら、世界や時代、自分自身や他者をながめます。そして自分をとりまくものや自分自身が、変わったこと・変わらないことに気づきます。

〈変わる〉ことは、時には未知の世界へのあかるい希望を抱かせるものでもありますが、時には自分自身や他者、周りの世界に変化を強制する、恐ろしい力にもなりえます。あなたにとって〈変わる〉ことは、どんな感覚をもたらすものでしょうか。

子どもの頃から、変わったもの/変わらないものはあるでしょうか?
自分をとりまく世界は、変わったでしょうか? 変わらないでしょうか?
これからの世界はどう変わるのでしょうか? あるいは、どう変わってほしいと思いますか?
いまここにいる〈わたし〉から変わりゆく世界/変わってしまった世界に向けて、あるいは世界から〈わたし〉に向けて、どんなことばが投げかけられるでしょうか?

これはヒントの一例にすぎませんが、こんなことに思いをはせながら、本を紹介しあってみませんか?はじめての方、ちょっとお試しで参加される方ももちろん大歓迎です!



ご参考に、今までのLanguage Beyondの様子です。→http://kosaten.org/ja/language-beyond/

2019年6月8日土曜日

【掲載】デザインのひきだし37

今週発売の『デザインのひきだし』37号「活版・凸版印刷」特集に、美術家・田口賢治さんのインタビューが掲載されています。


そのお話のなかで、昨年11〜12月にかけて開催したイベント「[ _ ] UNDER BAR」のために田口さんと「ゆめみるけんり」が共同制作した活版作品について取り上げていただきました。



『デザインのひきだし』は毎号贅沢すぎる造りで、ものすごくリスペクトしています。このような媒体に登場できたことはたいへん光栄なことでした。毎号売り切れ必至とのことですので、お近くの書店で発見されましたら、ぜひお買い求めください。
グラフィック社HP:http://www.graphicsha.co.jp/detail.html?cat=4&p=39218

*こちらは活版印刷所の見学記です→https://droitdeyumemir.blogspot.com/2018/11/letterpress.html


>>『デザインのひきだし』から『ゆめみるけんり』を知ってくださったみなさまへ。
詩と生活のzine「ゆめみるけんり」は、こちらの書店さんで扱っていただいています(書店さんにより、通販在庫もあり)。kindle版もあり。→入手方法
また、『デザインのひきだし』で紹介された活版作品についても、頒布します。ご希望がありましたら、下記アドレスまでお問い合わせください。
droit.de.yumemir*gmail.com (*→@に換えてください)