2021年5月15日土曜日

コンテンツ(vol.5)

『ゆめみるけんり』vol.5:目次


カライモブックス(京都)インタヴュー「割り切れへんもんは余らしといたらいい」

◆特集:わたしから始める

小林大志「わたしたちに肉体があったころ」
遠藤のぞみ「わたしについて」
レオニート・アンドレーエフ/清野公一「ヴァーリャ」
歩祐作「エイリアンズ」
ヴェリミール・フレーブニコフ/奥村文音「子供時代のことから話すべきだろうか?……」
佐々木美佳「全ての可能性を否定するものへ」
佐取優太「青さ涯しなく」
アンドレイ・プラトーノフ/工藤順「タムボフからの手紙」
倉畑雄太「カーニバル」
砂漠で生きる「ニコール」
プロホロワ・マリア「変身する鳥/教えてよ」
髙野由美「Mother and child statue」ほか(作品に寄せて)
杉浦朋美「Repair」
李白・杜甫/秋本佑「李杜の詩をよむ」
もう一つの椅子「風景を刻む」
二宮大輔「イオと私をめぐる考察」
マリオ・アンドレア・リゴーニ/藤澤大智「草に囲まれて」
ボリス・パステルナーク/きのしたはるよ「パステルナーク詩撰」
ブルハン・ソンメズ/堀谷加佳留「イスタンブル・イスタンブル[第一部]」
ジュゼッペ・レンシ/藤澤大智「『わが痕跡』より抜粋」(エピグラムとして)

◆手紙を浮かべる/Letters afloat

ことたび(翻訳文学紀行)×ふじたみさと

◆特集2:海辺で凪を待ちながら

Kamila Lin「海辺で凪を待つ」
「いま寄り添うためのことばを」(山口勲×工藤順)
あおきりょう「緊急事態詩3篇」
佐々木樹「〈いま寄り添うための言葉の前で〉」
青柳菜摘さん(コ本や honkbooks)×山口勲さん(てわたしブックス)×工藤順「ゆめをてわたす vol.2」

◆補遺

ふじたみさと「声、ざわめき、フェルナンド・ぺソア」
カジミール・マレーヴィチ/工藤順「怠惰は人類の本性です」

「ゆめみるけんり」総目次


Table of Contents for the “yumemirukenri” vol.5


Interview: “Let the remainders be remained” (Karaimo Books, Kyoto)

◆issue: Я — начало

- Daishi Kobayashi “Once we had bodies”
- Nozomi Endo “On me”
- Леонид Андреев / Коичи Сэйно «Валя»
- Yusaku Ayumi “Aliens”
- Велимир Хлебников / Фуминэ Окумура «Нужно ли начинать рассказ с детства?..»
- Mika Sasaki “To All Those who Denies Possibilities”
- Yuta Satori “Blue Is the Night”
- Андрей Платонов / Нао Кудо «Письмо из Тамбова, 1927г.»
- Yuta Kurahata “Carnival”
- sabaku de ikiru “Nicole”
- Мария Прохорова «Птичка», «Скажите же!»
- Tomomi Sugiura “Repair”
- Yumi Takano “Mother and child statue etc.”
- 李白、杜甫/秋本佑(Tasuku Akimoto)《読李杜詩》
- mou hitotsu no isu “Engraving what I see”
- Daisuke Ninomiya “Considerazioni tra io e watashi”
- Mario Andrea Rigoni / Daichi Fujisawa “Tra le erbe”
- Борис Пастернак / Харуё Киносита «Избранные стихотворения»
- Burhan Sönmez / Kakeru Horiya “İstanbul İstanbul”
- Giuseppe Rensi / Daichi Fujisawa “Impronte”

◆Letters afloat

- Kototabi (editor of zine “Honyaku Bungaku Kikou”) + Misato Fujita

◆issue 2: Ждать у моря погоды

- Kamila Lin «Ждать у моря погоды»
- A note on “Words that stand with you” in time of the emergency declaration (Isao Yamaguchi + Nao Kudo)
- Ryo Aoki “Poetry”
- Miki Sasaki “〈In front of the words who snuggle up with, now〉”
- Event Report: Yume wo tewatasu vol.2 (Natsumi Aoyagi (Kohonya honkbooks, Tokyo) + Isao Yamaguchi (Tewatashi Books) + Nao Kudo)

◆et cetera

- Misato Fujita “목소리, 소곤거림, 페르난두 페소아”
- Казимир Малевич / Нао Кудо «Лень как действительная истина человечества»

Index of contents of yumemirukenri vols.1-5

『ゆめみるけんり』vol.5

詩と生活のzine『ゆめみるけんり』の新刊を刊行します。vol.5の特集は「わたしから始める」です。 『ゆめみるけんり』は、今回のvol.5を刊行の一区切りとします。一度来し方を振り返り、今後のステップを考えるために必要な時間を確保するためです。

★2021年9月:書店での販売を開始しました!取り扱い書店等については、[こちら]をご参照ください★

cover designed by tsugumi

「ゆめみるけんり」vol.5


特集:わたしから始める(2021年9月発売) 

コンテンツ:vol.5の目次です。table of contents for vol.5
メンバーズ:vol.5に参加する人たちの紹介。members

The new, last issue (vol.5) of our zine “yumemirukenri” is out now. See the list of bookstores: here.

*vol.5については、Kindle版は作りません。理由はいろいろあるのですが、今回の号は特に紙で・書店で手に取っていただきたいことがいちばん大きな理由です。Amazonはやめて、書店で買おう。

お問い合わせはdroit.de.yumemir*gmail.com(*を@に変えてください)まで。
Contact: droit.de.yumemir*gmail.com

〈vol.5によせて/Foreword for vol.5〉

「けれども、私が欠けたら民衆は不完全だ」(アンドレイ・プラトーノフ) 

X月X日。感染者数XX人。死者XX人。

この年に私たちはみな自粛を経験することで、一度零地点に、「自分ひとりの部屋」に、戻ることになった。予定していた生の歩みが止まった。いまいち実感のない薄い死が至るところに澱み、わたくし事に大義を優先することを強いられた。それが必要であることは分かってはいるけれど、どことなく腑に落ちない感覚を誰しもが持ったのだろう。だからだろうか、説明し脅かす言葉は氾濫し、何もわからない時に、せめて何も言わないほどの倫理を持つことがないまま、無自覚に傷つけることをやめない。そうした言葉たちが私たちの感覚の上辺を撫でることもあったが、結局は一瞬で消えていった。

しかし、何かを「言うとき、命令の言葉と、契約の言葉と、説明の言葉しかないのだろうか。そんなことはないはずだ」(立岩真也)という信念を共有するとき、私たちにはもう一度始めることができる。もう一度、何ごとかを言うことができる。そんなはずはない、こんなものであるはずがない、と。遠くの他人に石を投げるよりも前に、例えば、隣で眠る人に毛布を掛けてやることが、私たちにはできる。行為で。言葉で。ただ居ることで。

そしてもう一度始めようとするならば、今・ここから始めるほかはない。つまり、わたしから始めることだ──わたしが触れ、見、聞き、嗅ぎ、味わうような距離(ディスタンス)零cmのわたしの世界、つまり身体をもう一度感じてみるところから。わたしであることは難しい。けれども、この小さな部屋にわたしが確かに在るのだと、それを確信してはじめて、そっと手紙を出すように、窓を開けるように、もう一度わたしには理解のし難いもの、つまり他者に出会いにゆけるのだろう。

他者と出会うことは、危険でないことがなかった。だから私たちは挨拶を発明し、握手を、キスを発明した。リスクを取り交わすことで、他者は他者のまま、隣り立つ人になり得てきたのではなかっただろうか。そして時に、その隣り立つ人が、窮極的には他者であることは変わらないながらなお、いや、そうであるからこそいっそう、自分が自分であるために欠かせない存在になることもあった。そして時に、私たちはそれを愛と呼ぶことがあった。

私たちはお互いに一人であり、一人であり続けながら、その一人どうしが変わり、変えてゆく──その「間」に成り立つ一人ならざるもの、一人からすこしはみ出る隙間が社会と呼ばれる。あるいは、その空隙を埋めるものを、想像力と呼ぶ。私たちはいつまでも諒解しつくしてしまうことがないし、そのことをどこかで望んでもいる。「変えられないものを受け入れ(……)受け入れられないものを変える」(宇多田ヒカル)こと、永遠のその妥協と闘いと調整、それを通してでなければ社会は成り立たないのではなかっただろうか。

変わることへの勇気と、変えることへの勇気。それが欠けた時に、私たちは他者を迎え入れることをやめる。そして他者を迎えることがないとすれば、わたしはわたしであることをやめることがない。しかしそれでは生に満足できないことを知っているからこそ、私たちは他人と出会うのだし、景色を眺めるのだし、外国語を学ぶのだし、映画を観るのだし、文学を読み書くのだし、料理を作るのだし、SNSをやるのだし、歌を聴くのだし、働くのだし、絵を描くのだし、写真を撮るのだし、酒を飲むのだし、服を着るのだし、化粧をするのだし、神を信じるのだし、詩を読むのだ。分かりみを受け取り、そして分かりみをなお超えたところにこそ、わたしに迫ってくるような生きていることの実感がある。というような実感がある。

世界は変わったし、変わりゆくが、私たちも変わってみたい。しかし変わる時の私たちは、いつだって私たちのままだったね。いつも私たちは私たちから始めたのだったし、それ以外に始めようがなかった。これからもきっとそうだ。それは変わることがない。いつもまたここから始めよう。ここ──つまり、「わたし」から。 

工藤 順

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But without me, the people are incomplete! — Andrei Platonov


2020.XX.XX. infected: XXX people. dead: XXX people. 2020.XX.XX. ...

In this year, having experienced self-isolation, we all had to return to the point Zero or, to the Room of my own. The planned steps of life had to be stopped. A thin sense of death floated around us, and we were forced to put a great cause above personal matters. We knew it was necessary, though, we couldn’t fully be convinced with that. Maybe because of it, the words of explanation or of threat, which lack the minimal moral to say nothing when you don’t understand nothing, overflow and don’t cease to harm someone carelessly. These words sometimes might have touched the surface of our senses, but after all, they have faded away in a moment.

However, when we stand with a belief of S. Tateiwa, who once said “when we say something, is it impossible to say without using the words of order, dealing or explanation? No, it’s definitely not,” we can start again. We can re-start saying something different, like: “It cannot be like that,” or “This is not what I want.” Before throwing stones to others in the distance, we can, for example, cover the one who sleeps next to you with a blanket through acting, through words or by just being there.

And when we start, we can only start from now and here — namely from me, from the distance-zero world of mine, where I touch, see, hear, smell and taste — that is, from sensing my body again. We know it is difficult to be myself. However, I think we can go meeting with the ones who are beyond my understanding, that is, the others, only when I certainly know that I am here in my tiny room. Like sending letters, or like opening windows.

It always has been dangerous to meet with the others. That was why we invented greetings, hand-shaking or kisses. Isn’t it possible to say that we can stand with the others, who is nothing but the other to me, only by sharing the risks each other? And we know the others sometimes have become the essential ones for me to be myself, at the same time the others not stopping being the others — or more likely to say, the others are essential to me BECAUSE the other is the other. And we sometimes called it a “love.” 

We are just divided ones each other, and continuing to be so, the ones change themselves and change each other. The void among the ones, which stands a bit over the ones, might be called the society. And the thing which fills in the void might be called the imagination. We do not completely comprehend the others forever, and to some extent, this is just what we want. The society cannot be made without “accepting the unchangeable ... and changing the unacceptable,” (Hikaru Utada) without such kind of compromise, struggle and adjustment between them — we may now know.

The courage to change myself, and each other. When we lack the courage, we stop welcoming others. And we stop welcoming others, I don't stop being just me. But we know we can’t be satisfied with life without others. That is why we meet with others, travel, learn foreign languages, watch movies, read and write literature, cook, use SNS, listen to music, work, draw paintings, take photos, drink, wear, make ourselves up, believe in God, and read poems. I have a sense that in what is beyond our understandings rather than in what we put likes, we hold the urging sense of being.

The world has changed and keeps changing, and we also want to change. But in changing, we don't stop being me. We always have started from ourselves. There were no other ways. And it continues to be just so. It won’t change. Let us start from here always again. Here — that is, from me.

Nao Kudo


vol.5のプレイリストです。読書のおともにどうぞ。

2020年9月17日木曜日

瀬戸内アートブックフェアに出展します

ゆめみるけんりは、10月3日、4日に高松で開催される「瀬戸内アートブックフェア」に出展します。

出店するイベントは、zineのコンクール「ZINE AWARD」です。10月3日、4日の両日展示され、9名の審査員に審査されるとのこと。10月4日の14時からのトークイベント内で審査発表がなされるということです。

お楽しみに!

瀬戸内アートブックフェアについてはこちらから。
https://setouchiartbookfair.com

*お誘いいただいた「なタ書」藤井さん、ありがとうございました!

2020年4月21日火曜日

いま寄り添うために

ゆめみるけんりで始める、新しい試みについてお知らせします。


コロナウイルスに関連して、みなさんそれぞれに、乗り越えるべき課題が山積していることと思います。シリアスな問題もたくさんあると思います。先行きの分からない不安に苦しめられている人もいると思います。程度に差はあれ、わたし自身も不安な気持ちが続き、普通が奪われることの残酷さをひしひしと感じています。

そんな中でですが、いや、そんな中だからこそ、いま「ゆめみるけんり」としてできることを何か始めようと思いました。

いま、私たちは圧倒的に一人でいることを求められています。

それは病気を予防し、自分が加害者にならないために大切なことであるのは間違いありません。しかし、人は誰もがずっと一人でいれるほど強いわけではない。SNSを開けば、一人ひとりが不安なまま、その心細さを紛らわせようとするかのように、大きな声が小さな声を圧倒する風景があります。

いまこの時に、詩は不要のものかもしれない、不急のものかもしれません。しかし、詩のような、小さな、ささやかな、パーソナルなことばは、きっといま誰かの隣にそっと寄り添うことができます。

──「いま寄り添うためのことば」を募集します。趣旨をnoteに書きました。共鳴していただける方、ぜひご連絡をお待ちしています。

https://note.com/yumemirukenri/n/n65967f1e783b

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テーマは、「いま寄り添うためのことば」。

テーマに関係する、以下のような作品を募集します。
①過去に(わたしたちのzine等に)発表された作品
②テーマに沿った新しい創作・翻訳作品
③いま読んでほしい(見てほしい)作品の紹介

下記の趣旨に共鳴してくださる方であれば、わたしたちのzineに関係のない方でもご参加は大歓迎です(必ずしも“賛同”でなくても構いません)。また、ジャンルもいわゆる「詩」や言語による作品に限りません。「いま寄り添うためのことば」だと考える作品をお寄せください。

(……)

「詩」は常に不急のものであり、それが無くても生きられるようなものかもしれません。わたしたちのまったくささやかで変わり映えのしない平凡な「生活」は、いま「戦争状態」「緊急事態」という暴力的な言葉によって断絶され、いつ終わるかもわからない非日常を生きることを強いられています。このように詩と生活が奪われる事態は、戦争というあからさまな暴力ではなく、正体の未だ分からない疫病によってもたらされることになりました。病気は、わたしたちの健康や生命を人質にとって、あらゆる緊急措置を可能にしており、抵抗する術もないままに、わたしたちは何をすればいいのかも分からず、立ちすくんでいます。

しかし、こんな時に、詩こそが、詩だけができることがあるとわたしたちは確信しています。大きな言葉が、情報がわたしたちを疲弊させている。大きな主語が、断絶を促している。大きな力におもねる言葉によって、生活が破壊されている。自分の言葉さえ、誰かの代理で語る道具となってしまっている──このような時に。詩のような小さな、ごくパーソナルな、ささやかな言葉ならば例えば、ひとりぼっちで家にいるあなたの隣にすっと寄り添うことができるかもしれません。ふと遠くの世界を垣間見せてくれることで、気持ちを軽くしてくれるかもしれません。

2020年3月6日金曜日

ゆめみるけんりの本屋さん:bullock(栃木県矢板市)

栃木県矢板のbullockさん(https://www.instagram.com/bullockbooks/)。「ゆめみるけんり」をお取扱いいただいている本屋さんの中で、いちばん山奥にある本屋さんです。私たちが「ゆめみるけんり」を始めて、はじめて本屋さんの側から「ぜひ扱いたいです!」と声を掛けてくださったのがbullockの店主・内田さんだった、という経緯でお知り合いになりました。とても嬉しくて、こちらもぜひ!とお願いすることに。どんな方がやっているお店なのだろう?と、ずっと興味を持っていました。今回、とうとうゆめみるけんりの3人のメンバーで、bullockさんを訪問することができました!

東京から宇都宮線に揺られてほぼ3時間。bullockさんの訪問レポートです。

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矢板に向かう東北本線。畑が広がります。
同行した栃木出身のSさんによると、この辺りでは大谷石という石が取れるそう(でしたっけ)で、独特の石造りの建物も多く見られました。また酪農も盛んで、牛が道ばたを歩いていることも少なくないとか。


矢板から山の方へ車で15分くらいで、着いた!
ここがbullockさん!とても静かで、空気のおいしい場所です。


中に入ると、木の温もりを感じます。秘密基地のようなたたずまい!


内田さんもお気に入りの真ん中の棚には、torch pressさんの本やZINEなどが並びます。新しい発見が得られそうな棚でした。


ゆめみるけんり、発見!右側には紅茶も。


こちらの窓の向こうにお茶を飲めるスペースを併設される予定とのこと。ちなみに、建物はすべて内田さんがゼロからつくっています。すごい…


ロシア文学、日本文学、SF、エッセイなど、並んでいる本のジャンルはさまざま。
中でも内田さんのお気に入りはSF。SFにうとい私たちでしたが、特にイギリスのSF作家チャイナ・ミエヴィルなどの作品について、ゆめみるけんりにも通じるその魅力を存分にお話しいただき、絶対読みたいと思いました!


どことなく実家に帰ってきたような気分に。思わずたたずむK。この辺りでは、きつねなどの野生動物も見られるとか。

ゆっくり内田さんとお話ししながら、本屋を始められたいきさつなどについて伺うと、いろんな方との出会いやタイミングが重なり、「とにかく始めてみないとわからない!」という気持ちで始められたとのこと。内田さんは「結構軽い気持ちで始めたんです」と笑いながらおっしゃっていましたが、いやいや、なかなかできることではありません。その身軽さにワクワクしましたし、自分たちもなんでもやってやろう!という勇気をもらった気がします。


人なつっこい猫ちゃん、とてもかわいかったです!

矢板には、東京とはぜんぜん違う時間が流れていました。内田さん、ゆっくりと寛がせていただいて、どうもありがとうございました。ずっと応援しています!ぜひまた伺わせてください。

*bullockさんも私たちを紹介してくれました!→https://www.instagram.com/p/B9I2YWjlKE8/
*bullockさんの雰囲気が伝わる良い訪問記です→https://www.driveplaza.com/trip/michinohosomichi/ver145/

番外編:矢板から少し先の駅「黒磯」の周辺

bullock訪問のあと、内田さんからおすすめされて、矢板のさらに先、黒磯駅へ行きました。



黒磯には、おしゃれなカフェやパン屋さん、雑貨屋さん、洋服屋さんなどが並ぶエリアができていて、若い方やお子さん連れで賑わっていました。駅前には、新しく図書館施設も作られている様子。ぜひとも立ち寄りたいエリアです。


こちらも変わった建物。外から二階のバルコニーに上がって、右手の青い入り口の奥には、仕立て屋さんと書店(hookbooksさん)がありました。

(文章と写真:ふじた、工藤)

2020年2月22日土曜日

【イベント】ゆめをてわたす vol.2


ゆめみるけんりから、嬉しいお知らせをお届けします。
3月に、詩のzine「て、わた し」池袋のコ本やさんとともにトークイベントを開催することとなりました。

コ本やのリニューアル・オープン、『て、わた し』の第7号(特集:フラニー・チョイ―導くための声)刊行、『ゆめみるけんり』のvol.4(特集:手紙)刊行を記念して行うトークイベントです。

◇◆◇

私たち3者が共有する課題の一つには、「社会の中の詩・芸術」ということがあると思います。「貧しい時代に、何のための詩人か?」(ヘルダーリン)──当日はそれぞれの取り組みについてご紹介しながら、会場のみなさんも交じえ、この世知辛い社会の中で詩とは、芸術とはいったい何なのか、ぐるぐると考えてみたいと思います。

ゆめみるけんりからは工藤順が参加するほか、ゲストとしてvol.4に〈物質詩〉を寄せてくださった詩人の佐々木樹さんにも自作解説をお願いする予定です。

コ本やさんはvol.1から交流のある、ゆめみるけんりにとっては特別な本屋さん。いつかはゆっくりお話をしたいと思っていました。きっと面白い話になるはずです。ぜひぜひ、お越しください!

◇◆◇

ゆめをてわたす vol.2 ──2つの詩のzineとコ本や、これまでとこれから──

◯日時:2020年3月14日(土)14:00-16:30(13:30開場)
◯会場:theca(コ本や honkbooks内)
◯参加費:2000円(当日お支払い)
◯定員:30名
◯予約:https://yumewotewatasu-02.peatix.com/
◯詳細は、コ本やさんHPにて↓
https://honkbooks.com/post/190924842076/yumewotewatasu-02

*「ゆめをてわたす」の1回目は、西荻の忘日舎さんで行いました.
https://droitdeyumemir.blogspot.com/2019/04/tewatasu1rep.html

◇◆◇

出演者

青柳菜摘(あおやぎなつみ) from コ本や honkbooks
1990年東京生まれ。アーティスト。「彼女の権利——フランケンシュタインによるトルコ人,あるいは現代のプロメテウス」 (NTTインターコミュニケーション・センター [ICC], 2019)、「孵化日記 2014-2015」(第10回 恵比寿映像祭, 2018)など。「だつお」というアーティスト名でも活動。コ本や honkbooks主宰。

山口勲(やまぐちいさお)from てわたしブックス
1983年東京生まれ。経理。ポエトリーリーディングのイベント千葉詩亭(大島健夫と共催)・くにたちコミュニティリーディング(国立本店と共催)。アメリカ合衆国のトランスジェンダーの詩人のアンソロジー『Subject to Change: Trans Poetry & Conversation』を翻訳したい。

工藤順(くどうなお)from ゆめみるけんり
1992年新潟生まれ。労働者。アンドレイ・プラトーノフ『不死』(未知谷、2018)編訳、『チェヴェングール』翻訳中。ロシアに生まれられなかった後悔を胸に、何とか生きている。

ゲスト情報!

佐々木樹(ささきみき)from ゆめみるけんり
1992年宮城県生まれ。詩人・美術家・U.N.I.T.主催。
『Exhibition Design Art of Asian Regionality and Climate in Phnom Penh 2018』(Cambodia, 2018)
『Weinetiketten trienarre Erbach am Rhein sommer 2019』(Deutschland, 2019)などに参加。
制作ならび研究テーマは「芸術制作における中間領域」と「詩と詩的表現の境域について」。

『て、わた し』からは、詩人の古﨑未央さんにご登場いただく予定です。

(2020/3/1追記)

2019年10月1日火曜日

【イベント】プラトーノフ読書会(10/11)

本屋さん「平井の本棚」にて開催される「翻訳者と読む読書会」で、ゆめみるけんりの工藤順がお話しします。

死なないために──翻訳者とプラトーノフを読む読書会

日時:2019年10月11日(金)19:30〜
場所:平井の本棚 2F(総武線平井駅北口すぐ)
参加費:1,200円 (*飲食持ち込み歓迎、ウォトカあり)
ご予約は、メール、Facebook、平井の本棚店頭で受け付けています。


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労働から……宇宙へ、不死へ! 

ロシア革命の時代、独特な視点から労働と宇宙とのつながりについて書いたロシア作家アンドレイ・プラトーノフ。もしも私たちの日々の労働が、宇宙とつながっているとしたら……? そんな何だか世界が変わって見えるスケールの大きさが、プラトーノフの魅力のひとつです。

この読書会では、翻訳者をまじえ、参加者のみなさんとフラットに、プラトーノフ作品の魅力についておしゃべりしたいと思います。未読の方も大歓迎!

○翻訳者:工藤 順(くどうなお)
1992年生まれ。労働者。ロシア文化研究。プラトーノフ『不死』(未知谷、2018)が初の翻訳書。 「ゆめみるけんり」主宰。http://pokayanie.blogspot.jp

○会場:平井の本棚(ひらいのほんだな)
総武線平井駅北口からすぐの本屋さん。2018年オープン。https://hirai-shelf.tokyo/